過去からの使者

 










わたしはあなたを助けることが出来ないよ。
あなたの気持ちをわかってあげることも出来ない。
だってわたしは、あなたじゃないもの。
同じようなところを歩いてきたかもしれないけれど、同じ道ではないのだもの。
あの時広げていたぼろぼろの地図を見せてあげることくらいしか、出来ない。


過去からの使者が、ときどきわたしに電話を寄越す。

明日が来るのがこわい、変化していくのがこわい、何もかもがこわい。
いまのままでいたいのに、誰もがそれを良しとしない。自分自身ですらも。
だけど動けない。何もかもがこわい。こわい。こわくてたまらない。

そんなふうに叫びながら。
だけどあなたには自分の声は聞こえない。
その声は、わたしにしか、聞こえない。

あなたがいいと思うように歩くしか方法はないんだよとわたしは言う。
わたしもそうしてきたのだから。
一度死んだと思えば何をするにもこわくはなくなるよ。
だから、一度、死んでみればいい。
あなたのその脆くて繊細な、だけど強情なこころを、こわしてしまえばいい。
あなたをこうして包む真綿があるうちに。
だいじょうぶ、それをこわしてしまっても、あなたに何か悪いことが起きたりはしないから。
ばらばらになってどこかに散らばっていったりもしない。
今なら、わたしや、誰かが、あなたのかけらを拾ってあげられる。

それは再生のための、破壊。

そこでじっとしていたって、何も変わらないのだから。
物理的な死を選ぶ前に、一度だけ試して。
どうか、生き延びて。


過去からの使者に淡々と言葉を継ぎながら、
同時にそれはわたし自身への処方でもある。

電話を切ったあと、わたしはいつも、少しだけ泣く。